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和光市の歴史

行政管轄の変遷

 
1868年(明治元年) 武蔵知県事支配下で、上新倉村・下新倉村・ 白子村が設置されていました。 この後 管轄は品川 県、入間県、更に熊谷県への変更もありました。
1876年(明治9年) 3村は埼玉県管轄となりました。
1889年(明治22年) 町村制施行、 下新倉村と白子村は合併し、白子村になりました。
上新倉村は新倉村に改称されました。
1896年(明治29年) 北足立郡所属になりました。
1943年(昭和18年) 新倉村と白子村は合併して北足立郡大和町になりました。
1970年(昭和45年) 市制施行
埼玉県下29番目の市として 大和町から和光市に改称になりました。
なお市町村の合併等については以下のような歴史も有りました。
1930年代  町村合併の動きあり、東京市への編入も考慮されました。
1960年代  当時の大和町・朝霞町・足立町・新座町合併の動き
2001年(平成13年) 和光市・朝霞市・志木市・新座市合併の動き 結果はいずれも実現せず今日に至っています。
郷土へのこだわりを感じさせるこんな事も有りました。
1970年(昭和45年)の和光市発足時、市の名称は公募でした。結果は “和光市”ですが新市名の候補として新大和市が見られました。その他に 白子市、新倉市なども有りました。大和町というのは昭和18年誕生した 町名で30年近く続きましたので郷土愛もひとしおだったのでしょう。 “大和”という名は今も市立中学校名やお店の名前に見られます。

駅の変遷

1934年(昭和9年)2月1 日 新座郡新倉村にて にいくら駅開業
1934年(昭和9年)7月1 2日 新倉駅に改称
1951年(昭和26年)10月 1日 大和町駅に改称
1970年(昭和45年)12月20日 市制施行により和光市駅に改称
駅名の変遷はこの通りですが、東武東上線そのものや駅の様相はどうだったのでしょうか。和光市駅は今や東武東上線の中では始発の池袋に次いで1日当たりの乗降客数の多さを誇っています。
さて、その東上線、歴史は次のようになっています。
1914年(大正3年) 東上鉄道(東武東上線の前身)開業:池袋始発 田面沢(たのもざわ:川越市の少し先)まで田面沢駅は現在は廃止になっています。
1916年(大正 5年) 坂戸町まで開通
1920年(大正 9年) 東武鉄道と合併
1925年(大正14年) 池袋~寄居の全線が開通 
この寄居駅までの停車駅路線図の中には 和光市駅(にいくら駅)は見 当たりません。この当時はまだ開業していなかったのです。 和光地区の人々は成増または膝折まで歩いていくしかありませんでした。
それが今では東京メトロ有楽町線、東京メトロ副都心線が合流し、副都 心線は更に東急東横線、横浜高速みなとみらい線と相互乗り入れして賑 いをみせている状況になっています。

歴史の中の一幕として、興味深いものをご紹介します。

和光市図書館に掲出されている“白子宿の絵地図”で、解説文がついています。解説文は原文のまま転載します。
白子宿 <解説文> これはまだ白子宿が栄えていた頃の絵地図です。白子に在住の福島正夫さん91歳(大正2年1月6日生)が親から聞いた話や子供の頃からの記憶をたどり書かれた地図やご自身のお話を聞き取り、絵地図として再現致しました。
白子宿は、あちこちに湧水があふれ、人々の生活をうるおしていました。また白子へ来れば何でも買えましたので近郷近在の人々で大変にぎわっておりました。和光市の昔の姿を今に伝えたい想いから、この絵地図を作製いたしました。
作製年月日 平成16年7月吉日 
製作 加藤洋子 資料提供 福島正夫 絵 佐藤香織
  出典 ・和光市ホームページ ・和光市HP(歴史の玉手箱)
   ・和光市図書館内掲出〈白子宿絵地図〉   他
 

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